札幌高等裁判所 昭和56年(く)3号 決定 1981年2月25日
少年 S・S(昭三七・一・一一生)
主文
原決定を取り消す。
本件を釧路家庭裁判所に差し戻す。
理由
本件抗告申立の趣旨及び理由は、付添人弁護士○○○○提出の抗告申立書及び抗告理由補充書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。
所論は、要するに、少年を中等少年院に送致することとした原決定の処分が、原決定前の諸事情及び原決定後の諸事情を考慮すると、重過ぎて著しく不当である、というのである。
そこで、関係記録を精査し、当裁判所における事実取調べの結果をも合わせて、原決定の処分の当否を検討すると、関係記録によれば、少年は、その当時ハイヤー運転手をしていた父S・Zと母S・H子の間の長男として出生し、その後、同胞がなかつたので、一人息子として育てられたが、少年が就学したころから母も働くようになり、このような家庭の状況、生育環境のため、父母は、少年に対し、多分に甘やかし気味であつた一方、少年との対話接触の時間が比較的少なかつた(なお、父は昭和五〇年三月ころに、また母は昭和五一年四月ころに、いずれも有限会社○○に勤務するようになり、以降現在までその勤務関係が続いている。)ところ、少年は、特別問題を起すことなく、義務教育を終え、昭和五二年春○○商料専修高校に進んだが、翌五三年夏ころ、学習意欲が十分でなく、また、上級生から乱暴されることがあり、他方そのころアルバイトとして始めた電気店工員の仕事がおもしろかつたこともあつて、同校を中退し、それ以降、昭和五四年一二月まで右の工員として働いたこと、ところが、その間の昭和五三年五月ころから六月にかけて、原動機付自転車に関心をもち、前後二回にわたり、自転車店前や学校の自転車置場から他人の原動機付自転車を乗り出してこれを窃取し、また他人の車庫からバッテリーを盗み、かつ、無免許で原動機付自転車を運転するなどの非行をし、これについて、同年一二月一一日家庭裁判所で不処分決定を受けたこと、少年は、右の不処分決定の後、昭和五四年末ころまでは問題行動もなく、前記の電気店で働き続けたが、昭和五五年三月一八日普通自動車第一種運転免許を受け、かつ、そのころ、乗用車の新車を購入したころから、その後すつかり自動車と自動車運転に魅せられ、同年四月中旬橋のらんかんに右自動車を衝突させ、自ら入院を要する負傷をしたのに、直ちに別の新車を購入したほどであり、この後の新車に関しても、少年は、夜遅くまで乗りまわし、時に朝帰宅することもあり、たまには暴走少年らと一緒に走行しており、そのような経過のなかで同年一二月一三日ころまで前後三回の物損事故を起こしたこと、少年は、前記免許を受けたころからエレベーター会社に就職したものの、その後の就労状況は必ずしも芳しくなく、同年九月中旬ころ解雇されたが、ほどなく、自宅近くの○○工業の下請業者のもとで鉄筋工として働くようになり、現在に至つていること、そして、その間同年一一月七日ころから同年一二月一八日ころにかけて、原認定のとおり、前後九回にわたり、受令機、自動車、スパイクタイヤなどを窃取する非行を重ねたものであるが、原認定の非行事実(1)については警察無線の入る受令機が欲しくて、運送会社の車両からこれを取りはずして盗んだものであり、同事実(2)はたまたま出会つた原認定のAに誘われて同人と一緒に乗りまわすために中古車卸売センター事務所内を荒してエンジンキーを盗み、同センター展示場から自動車を乗り出したものであり、同事実(3)は前記○○工業関係の同僚Bの歓心を買うために同人が欲しがつていたスパイクタイヤを手に入れるべく犯したものであり、同事実(4)ないし(9)の各事実は、いずれも、少年が同年一二月一三日ころ事故を起して自車を修理に出したところ、自動車運転の欲望を抑えきれず、夜間他人の駐車場等をはいかいするうちに乗つてみたくなつた車を見つけるや、次々これを乗りまわして犯したものであること、なお、右の各非行に係る被害品中自動車については、いずれも、少年が乗りまわしたあと被害場所の近くに乗り捨てたため、被害後まもなくのうちに無傷で被害者の手許に戻つており、他の物品についても、一部少年が投棄した物を除き、本件発覚後任意提出され被害者の手許に戻つており、右の投棄された物については、少年の父が被害弁償をしており、結局、本件各非行の被害はほとんど回復していること、少年は、その知能指数があまり高くなく、判断力も未熟な点が少なくなく、根気がないばかりか、自己の非行を咎められると、うそ、ごまかし、身勝手な弁解や責任転嫁をするなど、自己中心的で内省力が乏しいうえ、その動作も機敏でないため自動車運転の適性にも疑問があること、少年のこのような資質・性格からすると少年に対する教育は必ずしも容易でなく、相当期間体系的かつ継続的に行うのでなければその改善が困難であること、しかしながら、少年は、これまで、保護処分を受けたことがないし、暴走族など反社会的集団に属したこともなく、かつ、前記の各非行はいずれも自動車又は自動車運転に対する関心からのみ犯されたもので、少年の非行性向は、限られた範囲の行状に関連してあらわれているにすぎず、また比較的軽度の規範逸脱を伴うものにとどまつていること、及び少年の父母は、少年の更生を願う意欲が強いけれども、原審判当時までは少年の問題性について必ずしも正確な認識を有するに至つていないことが認められ、関係記録を精査しても右認定を左右すべき資料は見当たらない。そして、右認定事情を総合すると、少年に対して直ちに施設収容の保護処分に踏切るのが相当か、にわかに断定しがたい面があるものの、一方で少年に対する教育の困難性や保護者の監護能力に徴すると、この際、少年を相当期間施設に収容し、集中的な矯正教育を施す必要があるとの見解も全く成り立ち得ないわけではなく、原決定の時点では、原決定の処分が重過ぎて著しく不当であつたとまではいえない。
しかしながら、当裁判所における事実調べの結果によれば、原決定後、少年の父母は、原決定が保護者の監護能力や少年の問題性に関して摘示した諸点につき深く反省し、これまで少年を甘やかし、欲しがる物をすぐ買い与えるなどしたことが少年を判断力の乏しい、また忍耐力のない性格にしたと考え、今後この面で少年を厳しくしつけること、また、職業の面では少年は他人にまかせすぎたため、少年が未だ自立した職業人には至つていないことから、今後父母の勤務する会社で、しかも事実上父が責任を担つている部門で少年を働かせ、かつ、関係機械の操作やガス溶接などの技術を身につけるように指導していくこと、自動車運転についても父の持つている知識経験をもとに少年に安全運転や車に対する経済的観念などを実地に教示すること、更に親子で書道を始め、少年の精神教育や趣味を豊かにすること、更には、今後少年に対する監護上手に余るようであれば原審判手続で知り合つた保護司などの専門家に援助を求め、再非行を未然に防止する態勢をつくることなど、少年に対する今後の監護の計画を具体的に、かつおおむね妥当な内容で立案しているのみならず、父母の決意や計画内容からするとこれらの計画が相当確実に実行されると見込まれること、並びに、少年自身、原決定後、本件各非行につき真剣に反省をし、父母に対する手紙や父母との面会の際にその反省の情を示しており、また、父母の前記の計画を知らされ、今後これに従つて努力することを誓つていることが認められ、これらの諸事情をも合わせ考察すると、本件各非行にみられる非行性が比較的軽度であること及び少年に保護処分歴がないことにかんがみ、このまま少年に対し中等少年院(一般)において矯正教育を施さなければその更生がはかれないとまではいいがたく、むしろ、専門家の援助をも得ながら在宅保護によつてその更生を追求するか、あるいは、少なくともしばらくの間少年の行動ぶりを観察したうえで必要かつ相当な終局処分を決するのが適当であると判断され、従つて、現時点においては、原決定の処分は重過ぎて著しく不当であるといわなければならない。論旨は結局理由がある。
そこで、本件抗告は理由があるので、少年法三三条二項、少年審判規則五〇条により、原決定を取り消し、本件を原裁判所である釧路家庭裁判所に差し戻すことにし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 藤原昇治 裁判官 田中宏 雛形要松)
抗告申立書及び抗告理由補充書<省略>
〔編注〕受差戻審決定(釧路家 昭五六(少)二〇四号 昭五六・三・一一保護観察決定)